徳島赤十字ひのみね総合療育センターは、病院機能を持つ福祉施設で、外来診療やリハビリを行っています。

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徳島赤十字ひのみね総合療育センター
徳島赤十字障がい者支援施設ひのみね
〒773-0015
徳島県小松島市中田町新開4の1
TEL.0885-32-0903
FAX.0885-33-3037
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ひのみね総合療育センター
【病院として】
 小児科
 神経小児科
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【福祉施設として】
 医療型障害児入所施設
 療養介護
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 短期入所(空床及び定床)
 
児童発達支援センターひのみね
 児童発達支援
 放課後等デイサービス
TEL.0885-32-1884
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障がい者支援施設ひのみね
【福祉施設として】
 障害者支援施設
 短期入所(定床)
 
障がい者
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園長のひとりごと

 

2017年10月のひとりごと

2017年10月のひとりごと
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子どもとメディア
 テレビの普及から始まって、ビデオ、テレビゲーム、パソコン、携帯電話、スマートホンなど私たちを取り巻く電子機器の環境は次々と大きく変化しました。このような環境の中で、子どもたちの生活習慣は大きく影響され、心身の発達への影響も大変懸念される状況になってきています。電子メディアへの接触はだんだんと低年齢化し、乳幼児期にスマホやタブレットなどを見せられています。また小中学生の電子メディア接触時間は長時間となり、生活リズムが乱れ、睡眠不足傾向になっています。2012年の厚労省研究班の調査ではネット依存症が強く疑われる中高生は52万人との推計が出ました。それから5年が経過した現在ではこれを大きく上回っていると推測されます。
 電子メディアの子どもへの悪影響は様々であり、多岐にわたっています。まず、長時間の視聴は運動不足を助長し肥満や体力不足を招きます。また睡眠時間を減少・不規則にし、睡眠の質を悪くします。スマホのブルーライトはメラトニン分泌を抑制し体内時計の乱れを引き起こすとも言われています。脳への影響としては、長時間使用により記憶や判断を司る部分の脳の発達に遅れが出ます。また考える時間が奪われることにより思考力全体が低下する懸念があります。さらに長時間視聴と学業成績低下の関連性のデーターも出されています。依存の問題は、ゲームなどの報酬系の依存に加えて、SNSへの繋がり依存があります。ネット上でのいじめは、悪質かつ深刻であり世界中で問題になっています。メディア付けの問題は、時間が奪われることと視聴内容から影響を受けることに集約されますが、特に子どもの場合は心身の成長や発達に大切な時間と体験が奪われてしまうという視点が重要です。
 依存症を起こすタバコ・アルコール・ギャンブルなどでの子どもを守る規制はありますが、ネット依存に関しての予防・対策はほとんど皆無の状態にあります。タバコやアルコールやギャンブルは「断つ」ことが治療になりますが、ネットは断つことではなく「うまく使いこなす」ことが求められます。子どもの発達年齢の特性を考えながらマイナス面の影響を極力少なくして、未来を生きる子どもを育てることは私たち大人の大きな課題です。
 2004年2月に日本小児科医会は「子どもとメディアの問題に関する提言」を発表しました。また同年4月には日本小児科学会も「乳幼児のテレビ・ビデオ長時間視聴は危険です」という警鐘を鳴らしました。2011年にアメリカ小児科医会は、2歳以下の子どものメディア接触は教育的または発育的に有益であるエビデンスは認められないと発表しました。
 我々、小児科医はそれぞれの地域での啓発活動を担っていかなければなりませんが、メディア依存の「先進国」韓国を見習って、国家レベルで予防・対策に取り組まなければならないと思います。
 

2017年9月のひとりごと

2017年9月のひとりごと
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九州旅行
 今年の夏休みの旅行は、迷わず九州旅行にしました。3泊4日の日程で熊本と大分を旅してきました。一番の目的は、熊本地震から1年4か月が経過した熊本城の復興の様子を見てみたかったことです。平成26年10月に熊本で第50回日本赤十字社医学会総会が開かれ、発表した時に熊本城を訪れました。このとき、広大な敷地に囲まれ、石垣の上にどっしりと構える天守閣の姿が見事であり、大変感動しました。しかし、昨年の熊本地震で天守閣の屋根瓦や石垣を始め甚大な被害を受けてしまいました。その修復には長い年月と莫大な費用を要すると言われています。今回、二の丸広場と加藤清正を祀る加藤神社からしか見ることが出来ませんでしたが、その被害は想像以上のものであり、まだ手付かずのところも多く、復興も始まったばかりとの印象でした。せめてもの思いで、熊本城災害復旧支援金(復興城主制度)に協力させていただきました。
 旅の一日目は熊本城見学の後、天草を訪れました。熊本を訪れるのは4回目でしたが、天草まで足を延ばしたのは今回が初めてでした。三角西港、天草五橋、天草四郎メモリアルホール、潜伏キリシタン関連遺産などを見た後、宿泊は天草下島にある下田温泉の離れ宿のVillaにしました。キリスト教が伝来した中世の天草がテーマの宿であり、エキゾチックな気分に浸りました。前日の雷の影響でテレビが映らなくなっており、テレビを見ない宿泊も良い経験になりました。
 私は土曜の朝のテレビ番組「旅サラダ」が好きで、かなり以前から欠かさず見ています。そして、いつもゲストが旅をしたときに泊まる宿やホテルをメモしておいて、旅行や学会の時に泊まる場所の参考にしています。今回、一日目に泊まった宿は9月2日に放送される予定だそうで、二日目に泊まったのも黒川温泉(白川源泉)のある宿で、以前に番組で紹介された所でした。竹林に抱かれた広大な敷地内にわずか12室の露天風呂付客室が点在し、十分に自然と源泉かけ流し風呂を楽しめました。また宿に向かう途中、阿蘇外輪山の大観峰から見たカルデラと阿蘇五岳の壮大な姿には大変感動しました。
 三日目は池山水源、久住花公園、九重夢大吊橋、由布岳、ステンドグラス美術館、高原美術館などを見てまわり、宿泊は湯布院御三家(三大旅館)の一つで、客室数が全17室のかけ流し木風呂が魅力の旅館にしました。ここには、ニコルズバーという温泉宿には珍しい洒落たバーがあり、久しぶりに美味しいスコッチを飲み堪能しました。小説家でナチュラリストでもあるC.W.ニコルが宿泊した時に「温泉宿にも気軽に飲めるバーがあってもよいのでは」との提案を受けて出来たそうです。
 翌日は朝食前に近くの金鱗湖まで散歩し、朝食後は湯の坪街道などいくつかの通りを散策し、いろいろな買い物を沢山しました。今回、夏の旅行の天気は最初は曇りのことが多く、晴の日は阿蘇、由布院などの高原であったので、それほど暑くはなく快適に旅することが出来ました。
 

2017年8月のひとりごと

2017年8月のひとりごと
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学校保健委員会
 7月6日に、私が学校医をしている小学校の学校保健委員会が開かれました。今回のテーマは「小学校の子どもの健康問題を考える」であり、出席者は児童保健給食委員会6年生の3名、PTA会長、副会長3名、保健体育部長、保健体育部2名、校長、教頭、教諭、学校栄養士、養護教諭と眼科学校医の先生と内科学校医の私でした。
 最初に児童保健給食委員会から、児童全員に行った食生活アンケート結果(朝ごはんの状況、野菜摂取の状況、就寝起床時間、体調について)が報告されました。朝ごはんを食べない日が週に1日以上ある児童が9%、寝る時間が午後11時以降になる児童が3%いることが問題点として挙げられました。次に養護教諭から健康診断結果が報告されました。そこで、給食のお代わりをしないなどの取り組みの結果、肥満傾向児童の全員が前年度より肥満度が改善している状況であることが説明されました。
 最後に、前もって校医に出されていた質問に対してお答えしました。質問は「①姿勢が悪い子どもが多いように思います。学校ではどのような指導をすればよいでしょうか。また、家でのしつけはどのようにすればよいのでしょうか。②いらいらして落ち着きがない子どもがいます。落ち着いてやる気のある子どもするには、どうすればよいでしょうか。③自己中心的でわがまま、我慢ができない子どもがいます。我慢ができる子どもに育てるにはどうすればよいでしょうか。④子どもが学校に行きたくないと言い出した時の、親の対応の仕方を教えてください。」の4つでした。お答えの時間は全部で20分しかなかったので、前もってプリントしたもので補足させてもらいました。それに対する質問もたくさんあり、10分しかなかった時間では答えきれませんでした。
 次に、学校保健委員会について説明します。学校保健委員会は、学校における健康における課題を研究協議し、健康づくりを推進するための組織です。その構成は、校長、養護教諭・栄養教諭・学校栄養職員などの教職員、学校医、学校歯科医、学校薬剤師、保護者代表、児童生徒、地域の保健機関の代表などを主な委員とし、保健主事が中心となって、運営することとされています。
 昭和33年の学校保健法等の施行に伴う文部省の通知において、学校保健計画に規定すべき事項として位置付けられています。また、昭和47年の保健体育審議会答申においても、「学校保健委員会の設置を促進し、その運営の強化を図ることが必要である。」と提言されています。しかし、平成27年度の学校保健委員会の設置率は、小学校95.5%、中学校94.5%、高等学校93.1%にとどまっています。また、設置されていても開催されていない学校や、年1回のみの開催が多く、充実した議論が行われていないなどの質的な課題が指摘されています。
 私が校医をしている小学校では、年に1回ですがずっと開催されています。
 今までのテーマは「子どもの頃からの生活習慣予防」「子どもの肥満の予防と治療」「心の健康づくり」「喫煙、飲酒、薬物乱用の防止」「感染症の予防・対策の徹底」などについてでした。また5~6年生の児童と、教職員、保護者を対象とした講演会を行った年度もありました。
 

2017年7月のひとりごと

2017年7月のひとりごと
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受動喫煙防止
 5月31日は「世界禁煙デー」でした。このとき徳島県内の24市町村の本庁舎受動喫煙防止状況を徳島新聞が調査しました。驚くなかれ、このうち10市町が本庁舎内の建物内の全面禁煙を実施しておらず、徳島市に至っては唯一、建物内の分煙もできていませんでした。敷地内の全面禁煙がなされていたのは美波町だけでした。病院や学校は全て敷地内禁煙となっていますので、行政施設の受動喫煙防止対策が進んでいないことが浮き彫りになりました。(平成29年6月1日「徳島新聞」朝刊より)
 現行の健康増進法では、官公庁の受動喫煙防止対策については努力義務にとどまっています。厚労省の改正案では、建物内の全面禁煙を義務づけ、違反した場合は罰則適応も検討されています。しかし、与党の強い抵抗によりいまだ改正法案は成立しておりません。各種団体により受動喫煙防止に向けた署名活動が展開されていますが、日本医師会でも約300万人以上を目標に署名活動を行いました。
 そこで今回のブログではあらためて、受動喫煙の有害性について説明します。まず、受動喫煙で吸い込む点下部から出る副流煙は、喫煙時にフィルターを通過する主流煙より害が大きいという事です。主流煙を「1」とした場合、副流煙ではニコチン(血流を悪化)が2.8倍、タール(ヤニ・発がん物質)が3.4倍、一酸化炭素(酸素不足を招く)が4.7倍、アンモニア(目を刺激する)が46倍、ベンツピレン(発がん物質)が3.4倍、ニトロソアミン(発がん物質)が31倍も含まれています。
 受動喫煙で報告されている「悪影響」と「病気」については、①すぐに表れる影響として、目がしみる等の目の痛み、喉の痛みや咳、心拍数の増加や冷え性などの血管収縮などがあります。②長期的な影響としては、肺がん、副鼻腔がん、子宮頸がん、呼吸機能の低下、脳卒中、心筋梗塞、動脈硬化、糖尿病などがあります。③妊婦や新生児に対する影響として、流産や早産、乳幼児突然死症候群、出生時の低体重児化などがあります。
 子どもが受動喫煙にさらされると、乳幼児突然死症候群(SIDS)の原因となり、また喘息発作、急性気管支炎、肺炎、慢性副鼻腔炎、アデノイド増殖、中耳炎、扁桃肥大、髄膜炎、ペルテス病、歯肉着色、アトピー性皮膚炎等々の原因にもなります。
 さらに病気での入院が増える、身長の伸びが悪くなる、知能の発育が劣る、虫歯になりやすい、成人後の発がん率が高くなるなども報告されています。
 子どもたちの健康のためにも、ご自身の健康のためにも喫煙している方は是非、禁煙していただきたいと思います。「禁煙しよう」と決めたら、禁煙指導を受けられる病院(禁煙外来)を受診することをお勧めします。タバコに対する心理的依存(習慣)、イライラなどの離脱症状(禁断症状)を起こすニコチン依存は、医師やお薬の力を借りなければ、なかなか克服できるものではありません。病院(禁煙外来)では、医師が身体・精神的にサポートし、禁煙できるように導いてくれます。徳島県内の禁煙治療に保険が使える医療機関は2017年3月1日の時点で170施設あります。また日本禁煙学会の禁煙専門・認定指導者のいる医療機関も9施設あります。是非、利用してください。
 
 

2017年6月のひとりごと

2017年6月のひとりごと
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伊予歩き遍路日記
5月の大型連休に、いよいよ伊予路「菩薩の道場」を歩いたので、歩き遍路日記2をブログします。
「男もすなる日記といふものを、私もしてみむ」

<2017年5月3日(憲法記念日)曇り後雨>
 今年もゴールデンウィークを利用して歩き遍路に出かけた。JR徳島駅を特急剣山1号で6:48に出発した。土佐くろしお鉄道,宿毛駅には12:04に到着した。近くのコンビニでクロワッサンとおにぎりを買って食べ出発したが,誤って国道56号を5分ほど歩いてしまい,引き返して遍路道に戻った。いつも、5分以上歩いて「遍路マーク」が無ければ、遍路道かどうかを確かめるようにしている。
 しばらく歩くと松尾峠にさしかかった。伊予と土佐の境にある標高300mの峠であるが,途中から雨が降り始めた。天気予報が良かったため,雨具は一泊目のホテルまで宅配してしまったので,峠を雨に濡れながら苦労して超える羽目になり,いきなり厳しい修行をさせられた。松尾峠は,高知県側は昔ながらの遍路道で歩くのに苦労したが,愛媛県側はきれいに整備されており歩きやすかった。雨足が強くなってきたので,今日は愛南町一本松で歩くのを終了しタクシーを呼んだ。宿泊は愛南町御荘にあるホテル(2食付き9500円)にした。
31日目:宿毛駅から愛南町一本松まで10.5km, 22,000歩 

<2017年5月4日(みどりの日)曇り>
 タクシーで愛南町城辺まで送ってもらい,7:40に歩き始めた。約3km歩いて,8:40に第40番札所観自在寺に到着した。観自在寺は伊予の札所「菩提の道場」の始まりである。
 
第40番札所観自在寺
 平城天皇の勅願所として大同二年(807)弘法大師により開創された。本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来,十一面観世音菩薩は,弘法大師が一本の霊木から作ったと伝えられている。第1番札所の霊山寺から一番遠いところにあるので「四国霊場の裏関所」と呼ばれている。仁王門から本堂への途中には愛嬌のある姿をした3匹のかえるの石造「栄かえる」があった。

 国道56号をしばらく歩き、由良半島を見渡す喫茶店で休憩した。喫茶店の上品な奥様から「フランス産の塩」の接待を受けた。次に向かう峠がきついので途中で舐めてくださいと言われた。その峠は内海村の柏地区から山に上がっていく急こう配の道,柏坂遍路道のことであった。旧宇和島街道へと抜ける標高460mの峠を越えるかなり険しい山道であり,およそ10kmの長い距離を約4時間かけて,昇り降りした。野口雨情が内海村を訪れた時に詠んだ「松の並木のあの柏坂,幾度涙で越えたやら」などの雨情の詩碑が所々にあり,それらを読みながら登り,途中の,上り龍のような由良半島の起伏に富んだ美しい海岸線の絶景を望み,何とか辛い峠越えに耐えることが出来た。
 峠を下り終え,国道56号と交わるところの津島町畑地で今日の歩き遍路を終えた。タクシーで宿泊する津島町高田にあるビジネスホテルまで送ってもらった。夕食はホテルの隣にあるお寿司屋で頂いた。
32日目:愛南町城辺から津島町高田まで24km,45,000歩

<2017年5月5日(こどもの日)晴れ時々曇り>
 コンビニで買ったパンとミルクとスープで朝食をすませ,ホテルを7:00に出発した。今日はJR宇和島駅までをゆっくりと歩くことにした。
国道56号の緩い坂を上っていくと松尾トンネルがあり,その入り口脇左方向に旧遍路道の入り口から,今回二度目となる「松尾峠」を越えた。県境の「松尾峠」が難所であったので,こちらは傾斜もそれほどきつくはなく,自然を楽しみながら歩いた。峠道を下っていくと工事現場のような採石場を通り,その横には似つかわしくない和風のデザインの大きなゴミ焼却場が建築中であった。
昼食は市内にあるカレー専門店に初めて入り,1日20食限定の「じゃこ勝つカレー(975円)を食べた。スパイスが効いていて美味しかった。宇和島市中心部まで来ると,大型連休のため観光客で混雑していた。14:00には宿泊するホテルに到着した。チェックインまで時間があり商店街アーケードを散策した。徳島のアーケードほどは寂れてはいなかった。
33日目:津島町高田からJR宇和島駅まで11km, 25,000歩

<2017年5月6日(土曜日)曇り時々雨>
翌日、JR宇和島駅9:47発の特急宇和海10号で帰途についた。
 
 

2017年5月のひとりごと

2017年5月のひとりごと
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土佐歩き遍路日記
 昨年3月の三連休以降は、スローペースで土佐路を歩いています。その後の土佐歩き遍路日記をブログします。
「男もすなる日記といふものを、私もしてみむ」

<平成28年4月29日(昭和の日)快晴>
 土佐くろしお鉄道中村駅に11:32に到着した。タクシーで前回歩き終えた、四万十C.C.入口まで乗せてもらった。降りるときに運転手さんから四万十川について説明していただき、蛇紋石の接待を受けた。サンドペーパーで磨けば艶が出て美しくなるそうだ。12:00から歩き始めたが、すぐに四万十川の川べりに腰を下ろして、おにぎりとたこ焼きの昼食を摂った。しばらく歩くと新伊豆田トンネル(全長1620m)という長いトンネルに出くわした。歩き遍路の辛いことの一つは、車の騒音と排気ガスに満ちたトンネルの中を歩くことである。そこから約8kmのところにある今日、宿泊する「民宿いさりび」(土佐清水市久百々)に15:45に到着した。民宿いさりびは海に面した景色の良い場所にあり、比較的、部屋も風呂もきれいであり、清水サバやカツオのたたきなど海の幸も美味しかった。

<平成28年4月30日(土)快晴>
 民宿いさりびを7:45に出発、玄関で女将さんから袋入りの飴の接待を受けた。第38番札所金剛福寺までの遍路道は東岸、西岸、県道348号の3ルートあるが、私たちは東岸経由を選んだ。途中の以布利港には大阪海遊館の海洋生物研究所、以布利センターがあり、ジンベイザメの特別公開をしていて、見学する幸運に恵まれた。途中の窪津漁港でちらし寿司とメロンパンを買って、近くの丘の上で海を見ながら昼食を摂った。足摺岬の金剛福寺に着いたのは、予定どおりの14:30であった。足摺岬はゴールデンウイークのため大勢の観光客でごった返していたが、寺の境内は比較的人は少なく静かだった。

第38番札所 金剛福寺
金剛福寺は、若き日の弘法大師が修行したと伝えられる四国の最南端の足摺岬にある。ビロウや椿の林を通って境内に入ると、正面左手に大きな池と多くの岩があり、それを囲むように、本堂、大師堂、愛染堂、不動堂、弁天堂、多宝堂などが立ち並んでいた。納経所では母の分と私たちの分の2冊に納経していただいた。
 金剛福寺から1.9kmの距離にある、本日、宿泊する「足摺パシフィックホテル花椿」に着いたのは15:30であった。ここは天皇皇后両陛下や皇太子さまなど皇室が泊まられたホテルであるが、特別室があるのだろうかと心配した。部屋からは太平洋が一望でき、少し離れた大露天風呂からも雄大な景色が眺望できた。翌日は朝食前に観音ウドが見える展望台まで散歩した。

<平成28年5月1日(日)快晴>
 足摺パシフィックホテルを8:15に出発し、西岸周りに歩いた。少し行ったところのだるま夕日が見られる時があるとの場所で海を眺めていると、地元のおじさんが来て、だるま夕日の説明をしてくれて、小さなドラゴンランプ(部屋の明かり)の接待を受けた。土佐清水市松尾には樹齢300年、天然記念物のアコウの木があり見学した。アコウは他の木の幹に着生し、気根が寄生の樹幹を覆っているものだそうだ。
 約8km歩いて、今回の歩き遍路を終えた。松尾小学校前のバス停で高知西南交通バスに乗り、中村駅まで90分で到着した。昼食は物産館サンリバー四万十敷地内にある「いちもん家」でうな重をいただいた。物産館から窪川の小夏を宅配してもらい、お土産に芋けんぴも買った。そして土佐くろしお鉄道中村駅から帰途についた。

<平成29年3月18日(土)曇り>
 昨年のゴールデンウイーク以来、しばらくぶりに歩き遍路に出かけた。今日は土佐くろしお鉄道の中村駅までの移動であり、パークアンドライド(1日600円)を利用してホテルクレメント徳島に車を停め、JR徳島駅、阿波池田駅、高知駅、中村駅までJRを乗り継いだ。宿泊は中村駅から徒歩5分の「ホテルクラウンヒルズ中村」というビジネスホテルにした。3連休の初日であり、満室であった。夕食は前回利用したサンリバー四万十敷地内「いちもん家」で、はりこんで、四万十御膳(3240円)を頂いた。鮎の化粧焼き、鰻の蒲焼、川海老の唐揚げ、藁焼き鰹たたきなどどれも美味しかった。

<平成29年3月19日(日)晴れ時々曇り>
 7:30にタクシーで、新伊豆田トンネルを出たところにある真念庵まで送ってもらい、8:00に歩き始めた。第39番札所延光寺までは約21kmであり、主に三原村という所を歩いた。ほとんど車の通っていない遍路道であり、ゆっくりと歩いたが、5時間ぐらい歩くと私の足が少し痛くなり、妻より重さが倍以上のリュックを背負っていたので、妻の歩くスピードついていくのに難儀した。途中、三原村の宮ノ森あたりで、おにぎりとサンドイッチの昼食を摂った。足が悲鳴を上げながら延光寺にたどり着いたが、21km歩くのに6時間半を要した。延光寺の近くには、重症心身障害児(者)施設、幡多希望の家があり、利用者の方が車いすで散歩をされていた。

第39番札所 延光寺
 延光寺は、土佐路の西南端にある「修行の道場」最後の霊場である。神亀元年(724年)に行基が聖武天皇の勅命を受けて薬師如来像を刻んで本尊とし開基した。後に弘法大師が、日光・月光の両菩薩を刻んで脇侍として安置し、39番札所と定めた。山号は赤亀が梵鐘を背負って寺に現れたという伝説に由来する。本堂は広々とした境内の右奥手にあり、その隣にはひとまわり小さな大師堂がある。本堂の右手には庭園があり、その前に「目洗いの井戸」が残されている。
 15:00に延光寺を出発し、1時間だけ歩いた後、平田町にある聖ヶ丘病院前までタクシーに迎えに来てもらった。今夜の宿である、宿毛市大島にある「宿毛リゾート椰子の湯」までは15分ぐらいで到着した。宿毛湾を一望できる大展望温泉(棚田状露天風呂)に入ってリラックスでき、足の痛みも解消した。また夕食時のレストランから見た宿毛湾に沈む夕日の素晴らしさに感動した。これで17日間かけて区切り打ちを行い、やっと、土佐路「修行の道場」の歩き遍路を終えた。

<平成29年3月20日(春分の日)曇り時々晴れ>
 いよいよ、伊予路「菩薩の道場」に向かってスタートした。前日歩き終えた、聖ヶ丘病院前までタクシーに送ってもらい、8:50に歩き始めた。宿毛駅までの5.5kmをゆっくりと歩いた。そして宿毛駅付近で今回の歩き遍路を終了とした。宿毛駅前の食堂で昼食を頂き、12:50発の土佐くろしお鉄道宿毛線に乗り帰途についた。
 
 

2017年4月のひとりごと

2017年4月のひとりごと
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不登校について
 昨年12月に、不登校の児童生徒を国や自治体が支援することを初めて明記した議員立法の「教育機会確保法」が参院本会議で可決、成立しました。また昨年7月には文部科学省初等中等教育局長の諮問機関である「不登校に関する調査研究協力者会議」が、「不登校児童生徒への支援に関する最終報告」を「一人一人の多様な課題に対応した切れ目のない組織的な支援の推進」という副題を掲げて提出しました。調査研究協力者会議からの不登校に関する報告書が出されたのは平成4年、平成15年に次いで3回目でした。そこで今回の園長ブログでは不登校について述べます。
 私が小児科医として不登校の子どもたちと関わりだしたのは、平成5年前後からですので約25年になります。1年間に病院外来を受診したり、スクールアドバイザーとして学校現場や総合教育センターで相談を受けた子どもは年間約80人おりましたので、実に2,000人ぐらいの不登校で困っている子どもたちに関わったことになります。
 文部科学省による不登校の定義は「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくてもできない状況にあること(ただし、病気や経済的な理由によるものを除く)」であり、今回の教育機会確保法では「学校を相当の期間欠席しており、集団生活に関する心理的な負担などで就学が困難な状況」としています。私自身があえて定義するならば「学校に行きたくても、あるいは行かなければいけないと分かっていても、何らかの強い抵抗感・拒否感を感じ、登校することが出来なくなって困っている、あるいは苦しんでいる子どもたち」という表現になります。
 私のところに来る不登校の子どもたちは、多くがそれまでに家族や学校と登校するしないで葛藤し、かなりの程度に疲弊しています。また、学校に行けなくなった自分自身に対して自己肯定感や自尊心が低下してしまっています。そこで私はまず、どの子に対しても「病院に来てくれたことをねぎらい」「小児科医は全面的に子どもの味方になる」ことを伝えます。そして、「これまであなたが学校に行かなかったことは、あなたにとっては大事な、必要な休養であった」と肯定的に捉えることを勧めます。次に「これから先に自分のしたいことが元気に出来るようになるために、体勢を立て直しエネルギーや力を蓄えていく」ことを目標に掲げます。
 具体的な対応は、臨床心理士による心理面接及び心身症的な症状や二次的に陥っている気分障害・睡眠障害に対する薬物投与を行いますが、最も大切なことはその子の心理社会的要因を十分に理解するということです。不登校の子どもたちを見ていますと心理社会的な要因は一人ひとり様々であり、100人いれば100通りの処方箋が必要です。次に大切なことは家族への対応と学校との連携です。家族が子どもの状態を適切に理解し、味方になれている場合や学校関係者が子どもの心理社会的状況を理解していただいている場合は、比較的早くに子どもたちは前に向くことが出来ます。そうでない場合は、どんなに子どもに対してアプローチしてもうまくいかず、長引いてしまいます。
 現在、不登校はどの子どもにも、どの家庭にも起こっているように見えますが、家庭と学校が子どもを信頼して、味方になって対応すれば、ほとんどのケースで乗り越えることが出来ているように思います。
 
 

2017年3月のひとりごと

2017年3月のひとりごと
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性的マイノリティとは

 本年1月14日に第15回徳島メンタルヘルス研究会が開催され、宝塚大学看護学部教授の日高庸晴先生に「児童・青年期における性的指向と性別違和について」と題して、講演をしていただきました。そこで今回のブログは、性的マイノリティについて述べます。

 性的マイノリティ(性的少数者)とは、性的マジョリティ(自分の性別に違和感のない異性愛者)に対する言葉です。性的マイノリティの方は人口の約5~10%は存在すると言われており、マイノリティと言っても、想像するより多い数字と言えます。
 性的マイノリティをLGBTと言いますが、L(レスビアン):女性の同性愛者、G(ゲイ):男性の同性愛者、B(バイセクシャル):両性愛者のLGBを性的指向と言い、T(トランスジェンダー):性同一性障害を性別違和と言います。性的指向は治療の対象になりませんが、性別違和は生まれた時の法的・社会的性別とは違う性別で生きる人、生きたい人であり、治療の対象として認められています。
 性別違和の方々が望む性別への在り方も、さまざまであり人により違いがあります。法的に性別変更を望む人、性転換手術を希望する人、ホルモン療法だけで良い人、医療を選択しない人など多様です。また小児を見ていますと、性的指向や性別違和は年齢が進むにつれ変化することもあるようです。
 性的マイノリティの方々は、そのことでからかわれたりイジメを受ける割合が高く、抑うつ傾向や自傷行為・自殺念慮の割合も高いことが多数報告されています。また、小児では不登校となる割合も高くなっているようです。
 学校では、制服に象徴されるように男か女のどちらかに区別されることが多くあります。その度に性別違和を持つ子どもは苦痛を感じています。本当の自分のことを言えない、理解されないであろうとする心的葛藤に加えて、第二次性徴の時期に自分が望まない体に変化していくことに絶望すら感じています。性別違和を持つ女子(男子)生徒なら典型的な男性(女性)になることを望んでいるとは限らず、男性か女性のいずれかに自分を定義することが出来ずに、苦悩している子どもも存在しています。
 文部科学省は平成22年4月に、人権教育についての事務連絡「児童生徒が抱える問題に対しての教育相談の徹底について」で、性同一性障害のある児童生徒に対して、個別の事例に応じたきめ細かな対応が必要であり、学校関係者においては、児童生徒の不安や悩みをしっかりと受け止め、児童生徒の立場から教育相談を行うことが求められると通知しました。さらに平成27年4月にも、文部科学省通知として「性同一性障害に係る児童生徒に対する学校の支援の事例」が出されました。
 私たちは、学校や職場に性的マイノリティの方が存在しているかもしれないという意識をもって過ごすこと、発言することが大切であり、また何よりもLGBTについて深く、正しく理解することが必要だと思われます。
 

 

2017年2月のひとりごと

2017年2月のひとりごと
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平成28年度日本赤十字社中国・四国各県支部合同災害訓練

 昨年は4月14日に熊本地震が熊本・大分で起こり、10月21日には鳥取県中部地震が起こりました。被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
徳島赤十字ひのみね総合療育センターでは、地震・火災などの災害時における各病棟・支援施設毎の避難訓練を月に1回のペースで行っており、またセンター全体の訓練も年に2回行い、備えを万全なものとする努力をしております。さらに今年は3月11日に、ひのみね総合療育センター及び障がい者支援施設ひのみねのすべての部署が合同で災害救護訓練を行う予定にしております。
 昨年の11月12日と13日の二日間、平成28年度日本赤十字社中国・四国各県支部合同災害訓練が徳島赤十字病院と徳島市河内町の旭野運動公園で行われました。当センターからも多くの職員が参加しました。訓練想定は、平成28年11月12日、午前8時に四国沖を震源とするM8.6クラスの地震が発生し、徳島市では、震度6強を観測、繁華街と住宅密集地で家屋の倒壊が多数確認され、それらに巻き込まれ下敷きになった被災者が多数発生、また、主要幹線道路は各所で寸断し、電気・水道・ガスの供給が停止、電話もほとんど繋がらない状態となり、津波による浸水の影響も懸念されるというものでした。
 大規模災害発生時に中四国各県支部の相互支援体制の確立と広域救護活動の円滑化、防災関係機関との連携強化を図ることを目的に合同訓練が実施されました。中四国各県支部の救護班やDMAT、徳島県消防防災航空隊、徳島県警察本部、徳島市消防局、徳島海上保安部、看護学校や大学の学生、学生ボランティア、各種赤十字奉仕団など総勢約600人が参加しました。仮想災害現場の旭野運動公園にはドクターカー、救急車、消防車のサイレンが鳴り響き、防災ヘリも着陸し、緊迫した空気に包まれました。私もすべてを視察させていただきましたが、連携のとれた充実した素晴らしい合同災害訓練であったと思いました。

 

 

2017年1月のひとりごと

2017年1月のひとりごと
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新年あけましておめでとうございます

 皆様、新年あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 私どもの医療・福祉の仕事は24時間、365日、途切れることのない連続したものでありますが、年の初めに当たり改めて、当センターの基本理念である「私たちは、利用される皆様と心を通わせ、質の高い医療・福祉サービスを提供し、豊かな生活に向けての支援を行います。」を確認したいと思います。そして今年1年、全ての職員が心も身体も健康であり、良い仕事ができることを祈念したいと思います。

 
社会保険診療報酬支払基金の審査

 私は平成25年6月より徳島県社会保険診療報酬請求審査委員会の審査委員に就任しています。まず支払基金が何をしているかについて説明します。支払基金は、保健医療機関(薬局)からの診療に係る医療費の請求が正しいか審査したうえで、健康保険組合(保険者)などへ請求し、健康保険組合から支払われた医療費を保健医療機関へ支払する仕事をしています。
 私ども審査委員は、保健医療機関の個々の診療行為が、保険診療ルール(診療担当規則、診療報酬点数表、関連通知)に適合しているかどうかを確認します。具体的には、記載事項の確認、診療行為の名称、点数、回数、医学的な適否などの確認、医薬品の名称、価格、適応、用法、用量、医学的な適否などの確認、医療材料の名称、価格、用法、使用料、医学的な適否などの確認を行います。県内の小児科医療機関の1か月に約2~3万件のレセプトを一人で4~5日間かけて審査しますが、全てのレセプトに目を通すわけではなく、高額点数レセプトや重点医療機関のレセプトを中心に審査し、一般診療所のレセプトは特定の診療所の他は事務職員のチェックで指示されたものだけを審査します。

 また、電子レセプトにおいては、コンピューターが網羅的にチェックした項目を職員が的確に審査事務をおこなうことにより、審査委員が効率的に審査を行うことができるようになっています。
 保険診療ルールは、さまざまな状況の患者に適切な医療を提供するという医療の性格上、「投薬は必要と認められる場合に行う」とか医薬品の用法・用量の規定では「年齢・症状により適宜増減」が認められるなど、診療する医師等に一定の裁量を認めるものになっています。個々の診療行為が保険診療ルールに適合しているか否かの審査は、機械的に判断できないものも多く、個々の症例において審査員の医学的判断が必要になり、非常に気を遣うしんどい仕事です。
 多くの医療機関のレセプトを審査していると、治療や検査などその診療内容にそれぞれ特徴がみられ、医師の診療姿勢や性格まで垣間見ることができ、興味深いこともあります。社保支払基金の審査委員の定年は徳島赤十字ひのみね総合療育センターと同じく70歳ですので、私はまだしばらくの間はこの仕事を続けなくてはなりません。頑張ります。

 

2016年12月のひとりごと

2016年12月のひとりごと
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重症心身障害とは
 先日、徳島県重症心身障害児(者)を守る会、創立30周年記念式典が開催されました。私も出席させていただき、「重症心身障害の概念と定義の変遷と現状」の演題で記念講演をいたしました。そこで今回のブログでは重症心身障害について説明させていただきます。
 今年の職員採用試験の面接の際に「重症心身障害について説明してください」と質問すると、正確に答えられる人が少なかったことに驚かされました。重症心身障害とは「重度の知的障害と重度の肢体不自由が重複した状態」をいいます。これは、1967年(昭和42年)に児童福祉法一部改正により初めて定義され、今日まで続いているものです。重症心身障害児(者)は医学的にも社会的にも多くの問題を抱えており、医療と福祉の両面から強力な支援が必要です。なお重症心身障害児(者)を多くは、重症児(者)と略します。
 1967年に重度知的障害と肢体不自由児の重複を重症心身障害と定義しましたが、現に入所している人、もしくは入所を予定している人は、従来の方針を維持することとされました。また、最重度の知的障害単独で「動く重症児」と通称された人たちの入所も継続されました。さらに、重症心身障害児(者)として処遇することが必要と考えられる場合や、その地域に対応する社会資源が乏しい場合などは、重症児施設に入所させることができるとしました。
 2012年(平成24年)施行の障害者自立支援法のつなぎ法にて、重症心身障害施設は廃止され、満18歳未満は児童福祉法下の医療型障害児入所施設とし、満18歳以上は障害者自立支援法下の療養介護事業所となりました。また、特例的な取扱いにより児者一貫した処遇が継続されることになりました。さらに、重症心身障害児(者)通園事業が法制化されました。このときに、施設名称から重症心身障害の名は消えましたが、入所者の障害名としての重症心身障害は残りました。
 医療型障害児入所施設及び療養介護事業所は医療が生活に必要な人たちが入所する施設であり、病院の形態をとっています。最近では医療ニーズの高い重症児(者)の利用が増えており、継続的な医療的ケアの程度を基準とした介護度の評価をまとめて、超重症児(者)、準超重症児(者)の判定基準が出されました。現在、ひのみね総合療育センターに入所している超重症児(者)は12名、準超重症児(者)は14名です。
 最後に、私どもの(旧)重症心身障害児者施設は大きな問題に直面していることをブログします。それは、平成30年3月までとされている、重症心身障害児者施設における児者一体運用の特例措置が継続されるかどうかという問題です。日本重症心身障害福祉協会等の厚生労働省への働きかけがうまくいくことを祈らざるをえません。
 

2016年11月のひとりごと

2016年11月のひとりごと
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阪田章聖先生との別れ
 先日、徳島赤十字病院外科部長であった阪田章聖先生とのお別れの会が徳島赤十字病院とホテルクレメント徳島でありました。私は徳島大学医学部の同級生であり、40年間もの長い間ともに診療を続けてきた阪田君がお亡くなりになったことに、昨年亡くなった自分の父親の時と同じように涙が溢れ出て、溢れ出ながらに、お別れの会に参列いたしました。
 私は阪田君と同じく昭和45年に徳島大学医学部医学科に入学しました。そして一緒に医学部準硬式野球部に入部いたしました。彼は滋賀県彦根市の出身であり、私から見れば都会的でダンディーな雰囲気があり、すぐに親しくなり下宿にもよく伺いました。卒業後は大変スマートな阪田君でしたが,当時は少し太っていて先輩からは「ぶーちゃん」と呼ばれ可愛がられていました。彼は途中で退部されましたが、卒業後はそれぞれ外科医、小児科医の道に進み、彼との関わりはお亡くなりになるまでずっと40年間もの長い間、続きました。
 昭和54年にはお互い高知赤十字病院に勤務し、若かりし木村 秀先生や津田 洋先生などと一緒にがむしゃらに診療しながら高知の夜を楽しんだことが思い出されます。阪田先生は2度目の小松島赤十字病院に昭和58年に赴任され、私は後を追うように昭和60年に赴任いたしました。そこから30年間もの長い間、小児科医として小児外科医でもある阪田先生には本当にお世話になり、数々の小児外科疾患の手術をしていただきました。「すまん阪田、頼むよ」と言うと、いつも「ああいいよ、やります」と言って、どんな困難な手術でも引き受けていただき、治療していただきました。先天性食道閉鎖症、先天性横隔膜ヘルニア、先天性胆道閉鎖症、十二指腸穿孔、小腸穿孔、腸回転異常症、鎖肛、鼠径ヘルニアなど数多くの疾患、そして多数の子ども達の手術をしていただき、ほとんど全ての症例で根治をしていただきました。
 私が平成27年の徳島赤十字ひのみね総合療育センターに移動した年に、阪田先生も徳島赤十字病院を定年退職され、その後も、それまでと同じように非常勤ですがフルタイムで勤務されていました。非常に体調が思わしくないことが感じられた時に、私が「先生、どうなん、いけるん」と聞くと、いつも笑顔で「いや、大丈夫ですよ」と言う答えでした。
 思えば私と阪田先生との付き合いは非常に長かったにもかかわらず、あまりプライベートなことを話したことはなく、家族や子どものことを話題にしたことはお互いにほとんどありませんでした。趣味も全く異なっておりましたので、本当に医師として診療を通しての親密でかつ長い関わりであったと思います。
 それだけに、私にとりまして40年来の同僚医師、阪田章聖先生とお別れすることは大変無念であり、全く受け入れがたい思いでいっぱいです。謹んで、阪田君のご冥福をお祈りいたします。
 
 

2016年10月のひとりごと

2016年10月のひとりごと
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西日本肢体不自由児施設運営研究会

 61回西日本肢体不自由児施設運営研究会が98日と9日の二日間、沖縄県那覇市で開催されました。西日本から20施設が参加し、当センターからは私と看護部長とリハビリテーション課長が参加しました。私は前日に神戸空港からANA3725便で那覇空港に向かいました。台風13号の影響は那覇空港上空までは全くなく順調に飛行しましたが、那覇空港上空には積乱雲が発生しており、着陸の許可が下りるまで空中待機をするとのアナウンスが機長からありました。そして約25分間ものあいだ、雲の上をゆっくりゆっくりと飛行を続けました。飛行機の窓から見下ろすとあちこちで同じように航空機が空中待機しており、異様な光景にたいへん緊張しました。無事に空港に着陸できましたが、台風の影響か那覇市では滞在した3日間とも、毎日大雨警報が出されました。

今回の研究会は沖縄中部療育医療センターが担当され、パシフィックホテル沖縄で開催されましたが、行き届いた素晴らしい運営であったと思います。第一日目は、主催者・来賓挨拶の後、約3時間にわたり各部会が開かれました。私は運営部会の協議に参加しました。協議事項1「災害時における情報共有と医療・療育支援上の必需物資供給及び人的派遣等の協力に関するネットワークづくりについて」は旭川療育園が提出された災害支援ネットワーク原案が承認されました。協議事項4「肢体不自由児施設・重症心身障害児施設で心理指導を担当する職員の業務について」では当センターの臨床心理士の業務について情報提供しました。また運営研究会の中で心理指導を担当する職員が協議できる部会については、当面は指導部会で行うことになりました。協議事項8「医療型障害児入所支援における今後の入所利用の在り方について」は各施設とも療養介護の占める割合が増加しており、平成30以降も現特例措置が保証されるかどうかが懸念されるところでした。

懇親会は同ホテルの万座の間で開かれ、オリオンビールと泡盛の古酒を沢山いただき、沖縄料理を味わいながら他施設の方と交流しました。余興は担当施設の職員が沖縄伝統芸能エイサーを披露してくださり、大変盛り上がりました。 

第二日目は講演1「脳の可塑性について」沖縄科学技術大学院大学の杉山陽子氏と講演2「人づくりの種をまく!~命が輝く感動舞台~」公益財団法人沖縄県文化振興会理事長の平田大一氏を聴講しました。平田大一さんは小浜島の生まれで、2000年からうるま市の子ども達による「現代版組踊 肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)」を、05年「現代版組踊 大航海レキオス」、06年「第4回世界ウチナーンチュ大会開会式アトラクション」等の脚本・演出を手がけ、国内外の観客から好評を博した方です。今、沖縄で最も注目される、行動する詩人、若き演出家、地域活性化の旗手として絶大な支持を集めているそうです。講演では、うるま市の子ども達が「肝高の阿麻和利」という舞台経験を通して地域学びをし、自分たちの地域に誇りを持てるようになり、また子ども達を支えていた大人たちも変わり、そしてついには街全体も変わっていくという事を話されました。こんなにも感動し涙を流しながら聞いた講演は久しぶりでした。

感動が冷めやまぬ中、私は次の予定である第34回日本小児心身医学会学術集会参加のため長崎空港行きのANA1872便に搭乗しました。
 

2016年9月のひとりごと

2016年9月のひとりごと
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東北旅行
 私は、「趣味は何か」と問われると「四国88ヵ所歩き遍路と硬式テニス」の次には「旅行」と答えることにしています。東日本大震災以降は、夏休みの旅行をなるべく東北地方に出かけるようにしています。ここ数年で東北を旅したのは、福島、会津若松、裏磐梯、遠刈田温泉、仙台、松島などです。そして今年の夏休みには34日で青森県に行ってきました。

徳島空港からJAL一便で羽田空港まで飛び、JR東京駅から東北新幹線はやぶさに乗り2時間53分でJR八戸駅に到着しました。星野リゾート青森屋の送迎バスに乗り、午後315分に青森屋にチェックインしました。翌日は送迎バスで星野リゾート奥入瀬渓流ホテルまで行き今回の旅行の最大の目的である奥入瀬渓流の散策に出かけました。

奥入瀬渓流は十和田湖の子ノ口から焼山までの約14kmの流れで、豊かな樹木や十数ヵ所の滝と、千変万化の美しい流れや様々な奇岩・奇勝が見事な渓流美を作り出しており、四季折々の自然美を堪能できるということでした。私たちは三乱の流れから銚子大滝までを約3時間かけてゆっくり歩きましたが、あいにく渓流は数日前の雨の影響で茶色く濁っており、大変がっかりしました。しかし、森の香りと自然美を楽しみながらの散策は身も心も大いに癒されました。

翌日は台風10号の影響で天候が悪かったため、十和田湖、八甲田山の観光は取り止め、観光タクシーで青森市に向かいました。奥入瀬、十和田、八甲田では雨の天気でしたが、青森市に入ると一転して晴れ間が見られました。途中、日本最大規模のアーチ橋である城ヶ倉大橋を渡った時に、橋の下の城ヶ倉渓谷に虹がかかっており、上から眺めたその虹は丸い形をした初めて見る光景であり、感動しました。

 青森市内では、ねぶたの家ワ・ラッセで鳴り物を体験したり、棟方志功や寺山修司、奈良美智、成田享などの青森県出身の作家の作品が多数展示されている青森県立美術館を巡ったり、浅虫水族館を見学したりしながら、宿泊する浅虫温泉海扇閣に到着しました。陸奥湾に面した浅虫温泉はそれほどでもなかったのですが、夜の津軽三味線のライブには大変感動し満足しました。

 最終日は昼過ぎに青森空港からJALで羽田空港まで飛ぶ予定でしたが、台風10号が東北地方を直撃しそうなので、急遽、宿の朝食をキャンセルして、新青森駅を午前617分に出発する新幹線はやぶさ4号で東京に向かうことにしました。これがまさに大正解であり、新幹線は始発ということでがらがらで、台風も上陸前で新幹線にはほとんど影響はありませんでした。羽田空港から徳島空港までは台風の影響は全くなく、予定どおり無事に帰徳することができました。

 今回来た台風10号は観測史上初めて東北地方に上陸したものであり、岩手県の高齢者グループホームで9名もの利用者さんが犠牲になる痛ましい被災をはじめ、岩手県や北海道に甚大な被害を及ぼしたことに非常に衝撃を受けました。

 

2016年8月のひとりごと

2016年8月のひとりごと
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心身症について
 心身症という言葉は皆さんご存知と思いますが、その意味はあまり正しく理解されていないようです。そこで今回のブログでは心身症について少し説明いたします。時には神経症や精神病と混同されることもありますが、心身症の定義は「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし、神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する」(日本心身医学会:1991年)であります。
 つまり心身症は「身体の病気や身体の症状」がありますが、その発症や経過に「心理・社会的因子」が大きく影響しているものとなります。したがって心理治療や環境調整がきわめて大切であり、同時に身体の治療も必要となります。小児の心身症は広くとらえ、「心理的治療や環境調整がきわめて有効と予想される病態」(高木:1985年)としており、内科と比較してより広く心身症としてとらえる傾向があります。
 神経症は心理的苦痛(ストレス)を増幅させて過剰な言動で表現するので、その人に不安があればいかにも不安であることが周囲の人によくわかります。一方、心身症は心理的ストレスを精神的に自覚したり表現したりすることができにくく、身体症状で表現します。この心身症の病態を失感情症(アレキシシミア)と呼ぶことがあります。ストレス(感情)の受け止め、表現方法を失っているという意味で、この状態が周囲の人に「心理的問題はない、あまり辛そうではない」という誤解を与えます。心身症の特徴はストレスをストレスとして感じていないように見え、平静を装っていますが、臓器は悲鳴をあげ身体症状として表現されているのです。
 小児は自分の感情や心の問題を適切に言語化することができにくいので、心身症の症状の内にある非言語的な部分、症状の意味するところを理解しようとする姿勢が大切です。私が小児の心身症を治療していて感じていることは、子どもにかかわる家族や学校・幼稚園の先生、保育所の保育士さんなどが心身症について理解していただいている場合は治りやすく、理解していただけない場合は治療が長引くということです。
 終わりに、具体例を提示します。5歳の保育園児で心因性嚥下障害(機能的嚥下障害)と診断したケースです。保育所の給食の時に保育士さんから、早く食べていて喉を詰まらせて亡くなった子がいるのでゆっくり食べなさいとの話を聞かされてから、固形物が呑み込めなくなりました。その子はそれまでに、魚の骨がのどに引っかかって取るのに苦しい思いをしたことがありました。家族の状況としては、母親が兄のスポーツクラブの送迎で忙しく、甘えたい欲求を我慢していました。水分は呑み込めていたので、外来にてプレイセラピーと親面接を行いながら治療しました。約2か月で固形物の摂取が普通にできるようになり軽快しました。
 このような小児の心身症は乳幼児から思春期まで数多くみられますので、心身症について正しく理解しておくことが大切です。
 

2016年7月のひとりごと

2016年7月のひとりごと
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ほほえむちから
 何気なしにBS放送を見ていましたら、非常に懐かしいミュージシャン、小室等がギター片手に歌っていました。小室等は昭和43年に結成されたフォークグループ六文銭のリーダーで「出発(たびだち)の歌」などが有名でした。久しぶりにその歌声を聴いたのですが、その歌はジーンと私の心に染み込みました。それは谷川俊太郎・作詞、小室等・作曲の「ほほえむちから」という歌でした。
 
ほほえむちから (詩 谷川俊太郎)
 
いまここにいきるわたしは
いのちのねっこでむすばれている
いまそこにいきるあなたと
わたしとあなた あなたとわたし
それぞれのなまえでよばれ
わたしはひとり あなたもひとり
でもホモサピエンス あいをはぐくむ
 
いまここにいきるわたしは
あなたがいないといきてゆけない
うまれたてのいのちのように
わたしはひかり あなたをてらす
それぞれのおいたちいきて
くるしむわたし くじけるあなた
でもほほえむちから こころにひめて
もどかしいからだ
とぎれることば でもいるだけで
いるだけで かがやくいのち
 
 ※社会福祉法人グロー様ホームページより転載(転載もとはこちら

 「ほほえむちから」は糸賀一雄先生・生誕100年を記念して作られ、平成26年3月29日「糸賀一雄生誕100年記念式典第1部」で発表されました。
 糸賀先生の実践と理念を今に受け継ぐ作品として、全国に広く普及することを目的にCDが発売されています。 糸賀一雄先生は池田太郎氏、田村一二氏と共に戦後間もなく滋賀県大津市に近江学園を設立し、戦災孤児と障がいのある子どもたちの共同生活の中に「共生社会」と「人がありのままに存在することの価値」を見出し、「この子らを世の光に」という言葉を残されました。
 その療育は職業訓練においても窯業や農業、一般企業での障がい者雇用の促進や、グループホームの先駆けである民間下宿の取り組みなど、障がいのある人が地域と繋がりながら暮らす場を創造してきました。さらに、絵画、陶芸、音楽などの表現活動にも取り組み、障がいのある人の造形活動やダンスワークショップとして脈々と受け継がれています。
 日本の障がい福祉の礎となったこれらの思想と実践には糸賀先生・生誕100年を過ぎた現代においても、より一層学ぶべき真の豊かさがあるのではないでしょうか。
 

2016年6月のひとりごと

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土佐の歩き遍路
 昨年5月のゴールデンウイーク以来となりましたが、今年の3月19日からの三連休に、久しぶりに土佐路の歩き遍路(修行の道場)に行ってきました。3日間ともに快晴の天気でラッキーでしたが、初日は最高気温が23度と少し暑く、3日目は最高気温が12度と少し肌寒く感じられました。
 前回はJR影野駅(四万十町)まで歩いていました。今回はJR徳島駅6:48発の特急を乗り継いで、JR須崎駅には10:30に到着しました。乗り継ぎ時間を利用して,駅前にある「すさき駅前食堂」で有名なご当地B級グルメ、鍋焼きラーメンをいただきました。熱くて大変おいしかったです。鈍行列車でJR影野駅に着いたのは11:45で,ここから歩き遍路をスタートしました。第37番札所岩本寺までは約10kmで2時間30分の時間を要しました。途中の四万十町仁井田という所で個人がされている、歩き遍路接待処「風自遊庵:ふじゆうあん」で休ませていただき、おいしいコーヒーと日本茶の接待を受けました。
 JR窪川駅近くにある岩本寺は、四国霊場で唯一,5体の本尊を安置する寺だそうです。仁王門をくぐると右手に歓喜天,大師堂,本堂の順に並び,本堂内陣の格天井画は、昭和53年の新築の際、全国から公募した花鳥風月から人間曼荼羅まで575枚の絵が彩っています。仏様やマリリンモンローなどテーマは多彩で、この世の全てに仏性が宿るという仏教の教えの曼荼羅とも見えました。  
 第37番札所岩本寺を14:45に出発し、第38番札所金剛福寺までの四国霊場で札所間が最長90kmの歩き遍路が始まりました。普通のスピードで歩いて28時間を要する距離であり、いよいよ修行の道場の始まりとなります。とは言うもののこの日は17:30まで歩いて、遍路道沿いにある「土佐佐賀温泉こぶしの里」に宿泊しました。土佐佐賀温泉はヌルつとしたお湯が特徴で保温性もよく、歩き遍路の疲れが癒されました。また海・山の幸の会席料理もおいしく、従業員のサービスも満足できるものでした。
 翌日は、8:00に土佐佐賀温泉こぶしの里を出発し、ひたすら歩き続けました。昼食は「道の駅ならぶ土佐佐賀」でおにぎりとサンドイッチを買って、土佐白浜という所で海を見ながら食べました。8時間ほど歩き土佐入野まで来たところでこの日は終了にしました。タクシーを呼んで2泊目の宿、「四万十の宿」まで乗せてもらい16:30に着きました。降りるときに運転手さんから、おいしそうな大きな文旦の接待を受けました。四万十の宿は四万十川の河口にあるなだらかな丘に佇む30室のリゾートタイプのホテルで、温泉施設も併設されていました。私たちはメゾネットタイプの部屋に泊まり、ゆっくりと温泉に入り、豪華な会席を頂きました。四万十牛の陶板焼き、四万十川天然アユの塩焼き、中村のカツオ塩タタキがとてもおいしかったです。 翌日は,四万十の宿を8:00にタクシーで出発し、前日歩いた場所まで乗せていってもらいました。そこから2時間ほど歩くと、四万十川に架かる四万十大橋(全長687m)に到着しました。雄大な四万十川を眺めながらゆっくりと橋を渡ると、疲れも取れ、清々しい気分になれました。さらに1時間ほど歩いて、四万十C.C.入口付近で今回の歩き遍路を終了としました。タクシーで土佐くろしお鉄道,中村駅まで戻り、13:24発の特急を乗り継いで徳島まで帰りました。自宅に着いたのは18:30でした。
 

2016年5月のひとりごと

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熊本地震の医療救護活動
 日本赤十字社が東日本大震災から5年が経過する今年3月に、日本全国で、「私たちは、忘れない。」~未来へつなげる復興支援プロジェクト~を展開しました。当センターも参加し、キャンペーンを行っている最中に熊本地震が熊本・大分で起こりました。天災は「忘れた頃にやってくる。」と以前から言われていましたが、この度は「私たちは、忘れない。」の最中にやってきましたので、非常に衝撃を受けました。
 しかも4月14日のマグニチュード6.5(最大震度7)が前震で、28時間後のマグニチュード7.3(最大震度7)が本震であったとの気象庁の見解も前代未聞のことでした。またマグニチュード7.3は1995年(平成7年)に発生した阪神・淡路大震災と同規模の大地震であったことも驚きでした。
 今回の地震で最も私の心が痛んだのは、倒壊家屋の多さもさることながら、大学生などの若い命が数多く奪われたことであります。また、余震が続く熊本県では、「自宅は怖い」と避難所や車の中で暮らす人々も多く、エコノミークラス症候群で入院した人が46人にも上る(5月1日現在)ことも今回の衝撃的な出来事でした。
今回の地震の災害救護活動のため、4月16日に徳島日赤DMAT(災害派遣医療チーム)として1チーム、及び日本赤十字社徳島県支部救護班として第1班が出発し19日に帰院しました。4月30日には医療救護活動のために、第3班として徳島赤十字ひのみね総合療育センターが、洲﨑一郎医師を班長に8名で出発し、益城町避難所等で活動し5月3日に帰院いたしました。余震の続く中、3日目は暑い中、また帰りは強風の中、皆さん大変ご苦労様でした。お疲れ様でした。ひのみね総合療育センターを代表して活動していただきありがとうございました。また、出発前のミーティングに参加していただき貴重なご助言と申し送りをしていただきました徳島赤十字病院の福田靖先生(第2班・班長)および徳島県支部の島本敬子課長(第2班・班員)にお礼申し上げます。
 全体として災害は収束に向かいつつあるとのことですが、余震はまだまだ大きなものがあり、大雨による二次災害にも注意が必要です。また、家を失った人は未だ多数おいでになり、避難所や車中での生活を強いられています。この状況はすぐには改善されるものではなく、当然、長期化すると考えられます。今後は、メンタルヘルス対策、エコノミークラス症候群発生の防止、ノロウイルスなどの感染症対策、慢性疾患で治療中の患者様への処方などの長期的支援が必要と考えられます。
 

2016年4月のひとりごと

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施設通所サービスについて
 今月は施設通所サービス及び外来診療部門についてご説明します。
 まず、徳島赤十字ひのみね総合療育センターが実施している通所サービスには、短期入所事業、日中活動支援事業、児童発達支援センターの児童発達支援/放課後等デイサービス、障害児等療育支援事業があります。
 短期入所事業は、ご家族が疾病・出産・冠婚葬祭などの社会的理由や旅行・休養などの私的理由により、一時的に施設を利用できるサービスです。
 日中活動支援事業(旧重症心身障害児(者)通園事業)は、定員5名(1日につき)で、在宅の障害児者を対象に通所による訓練や療育を行い、家庭での悩みごとの相談に応じ、必要な情報提供を行うなど、憩いの場を提供します。また、平成28年度よりひのみね支援学校の小学生を対象に放課後デイサービスを、まずは少人数から始める予定です。
 児童発達支援センター(児童発達支援/放課後等デイサービス)は、旧乳児院跡地に集団活動棟及び屋外遊技場を新設したことにより定員を20名(1日につき)に増やし、発達障害のある未就学児や就学中の児童を対象に通所による訓練や療育を行い、日常生活における基本的な動作の獲得や社会交流の促進に向けた支援を行います。
 障害児等療育支援事業は障がいのある児童や知的障がい者のための相談・療育事業です。身近な地域において訪問や外来による療育指導、保育所や幼稚園等の関係機関等に対する指導や支援を行います。
 

 徳島赤十字障がい者支援施設ひのみねが実施している通所サービスには短期入所事業と相談支援事業があります。
 短期入所事業はご家族が疾病・出産・冠婚葬祭などの社会的理由や旅行・休養などの私的理由により、一時的に施設を利用できるサービスです。
 相談支援事業(障がい者相談支援センターひのみね)は圏域の2市1町(小松島市、阿南市、那賀町)の障がい者に対して必要な情報提供や、関係機関の紹介、在宅福祉サービスの利用、社会資源の活用や社会生活力を高める等の支援を総合的に行うことにより、障がい者やその家族の自立と社会参加の促進を図ります。

 次に外来診療部門ですが、主に自閉症スペクトラム障害、ADHD、学習障害などの発達障害、てんかんや精神運動発達遅滞などの小児神経疾患、心身症、神経症や不登校などの小児心身医学領域疾患、先天性股関節脱臼や脳性麻痺などの小児整形外科疾患を対象としています。小児科、神経小児科、整形外科、内科、精神科、歯科で対応しています。
 また、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士による小児リハビリテーション機能も充実させています。脳性麻痺をはじめ、ペルテス病・二分脊椎などの整形外科疾患や精神運動発達障害の患者様のいろいろな症状に対してボバース概念に基づき、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士がチームアプローチで療育を援助いたします。治療は、患者様の状態に合わせたプログラムを組み、主にマンツーマンで行います最後に心理治療部門ですが、常勤の臨床心理士2名が心理検査やカウンセリングを行っています。
 心理検査は医師の指示を受けて心理検査(発達検査、知能検査、人格検査など)を実施し、対象者の心理アセスメントを行います。心理カウンセリングは医師の指示を受けて、適応上の困難を抱えた子どもや保護者に対して心理カウンセリングを実施し、心理的支援を行っています。
 以上が施設通所サービスおよび外来診療部門です。ご遠慮なくご利用いただくようにお願いいたします。
 

2016年3月のひとりごと

2016年3月のひとりごと
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施設入所サービスについて
私が園長に就任いたしましてやがて、やっと1年になります。その間に、多くの方から「ひのみねってどんなとこ」「どんなこがいるの」という質問を頂きました。そこで、あらためて徳島赤十字ひのみね総合療育センターについて説明させていただきます。
 
 
当施設は平成18年に徳島県から日本赤十字社徳島県支部が経営委譲を受け、徳島赤十字ひのみね総合療育センターと改称いたしました。
 
 まず今回は施設入所サービスからご説明します。当センターは「徳島赤十字ひのみね総合療育センター」と「徳島赤十字障がい者支援施設ひのみね」の二つの施設で構成されています。ひのみね総合療育センターは病院機能を有した社会福祉施設であり、児童福祉法に基づいた「医療型障害児入所施設」と障害者総合支援法に基づいた「療養介護」の2つのサービスを提供し、定員は両サービスで併せて140名です。1病棟、2病棟、3病棟の3つの病棟に分れて入所しています。
 
 医療型障害児入所施設は18歳未満の手足や体幹の機能に障がいのある子どもたちや重度の肢体不自由と重度の知的障がいを併せ持つ子供たちのために、医療・看護・リハビリテーションの提供と入所生活の支援を行います。また1病棟では呼吸管理等を必要とする超重症児及び準超重症児に対する医療的ケアを行っています。
 療養介護は18歳以上の重症心身障がい者を対象に機能訓練、看護、医療的管理の下における介護、日常生活の世話その他必要な支援を実施しています。また呼吸管理等を必要とする超重症者及び準超重症者に対して医療的ケアを行っています。
 
現在18歳未満の児が30名、18歳以上の方が106名であり、今後も18歳未満の小児割合は減少する傾向にあります。
 
 障がい者支援施設ひのみねは18歳以上の重度身体障がい者を対象とした社会福祉施設であり、障害者総合支援法に基づき日中における「生活介護」と主に夜間のサービス提供を行う「施設入所支援」を実施しております。入所利用者数は50名(定員50名)で平均年齢は60歳を超えており、最高齢は91歳の女性の方です。生活介護は主として昼間において、日常生活の支援を行うと共に、自立の促進等の支援や介護、生活等の相談・助言を実施しています。また施設入所支援は主として夜間において、生活介護に準じた支援を実施しています。
 
 施設通所サービス及び外来診療については来月のブログで紹介させていただきます。
 
 

2016年2月のひとりごと

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月曜日のルーチーンワーク
 私の月曜日の日課はここ何十年もの間,基本的には変わりなく続いているので,ルーチーンワークと言ってよいものです。
 
 朝は前日の就寝時間にかかわらず,必ず午前6時30分に起きます。朝食はご飯の時とパン食の時がありますが,毎日必ずゴーヤジュースを飲みます。最近は365日,1年中、ゴーヤが手に入りますので本当にルーチーンワークになっています。ちなみに私の飲むゴーヤジュースは,1人前がゴーヤ,四分の一と凍らしたバナナ,二分の一に牛乳100mlを混ぜミキサーしたものです。飲みやすくて健康に良いですので是非,皆さんにもお勧めです。
 
 朝、8時頃に車で家を出ますが,自宅からひのみね総合療育センターまでは近いので8時10分頃には着きます。ゆっくりとメールやひのみねのホームページを見たり,その日の外来予約の子どものカルテに目を通します。そして午前中は主に外来で診療し,合間に決裁に目を通しハンコを突きます。その後,毎週月曜日の11時半から開かれる医局会に出ます。昼休みには,昨年から毎日、弁当を持参するようにしておりそれを食べますが,健康のためになるべく昼食量は少なくしています。
 
 午後は徳島赤十字病院の小児科外来で診療を行います。病院までの往復は散歩の時間でもあり、よい気分転換になります。外来は主に心身症関連疾患の子どもたちの診療であり,臨床心理士と協力して行っています。そして夕方には3名の臨床心理士と,毎週月曜日に研修に来ている鳴門教育大学と文理大学の2名の大学院生と一緒にケースカンファレンスを行います。そして5時半過ぎに一旦,療育センターに帰ります。メールを見たり,午後の報告を受けたり,急ぎの決裁があればそれを行います。そしてなるべく午後6時過ぎには,お先に失礼するようにしています。
 
 帰宅すると,すぐに急いで赤石にある小松島市立体育館に直行し,硬式テニスを午後7時から9時半までばっちりプレーし、楽しみます。これは30年間ずっと続けているので、私のルーチーンワークになっています。テニスが終わり自宅に帰ってからは入浴し,その後,報道ステーションを見ながらゆっくりと夕食をとります。もちろんビールと赤ワインはたくさん飲みます。そして午後11時には就寝するようにしております。
 
 これが,私の月曜日のルーチーンワークとなっています。
 
 

2016年1月のひとりごと

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心の健康(メンタルヘルス)について
 皆様、新年あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 私どもの医療・福祉の仕事は24時間、365日、途切れることのない連続したものでありますが、年の初めに当たり、改めて利用される皆様のために良い仕事をしていくことを誓いたいと思います。そのためには、私どもが心も身体も健康であることがきわめて大切でありますので、今年1年が健康に過ごせることを祈念したいと思います。
 
 長年、学校保健活動に携わっていて感じますことは、教育の成果を上げるために最も大切なことは、子どもたちが心身共に健康であるということであります。同じように医療・福祉分野において良い仕事をするために大切なことは、私どもが心身共に健康でいることです。身体の健康を保つことはもちろん重要ですが、心の健康(メンタルヘルス)を維持することも大変重要であります。
 
 平成18年3月、厚生労働省では「労働者の心の健康の保持増進のための指針」を公表し、事業場におけるメンタルヘルスの実施を促進してきました。しかし、仕事によるストレスが原因で精神障害を発病し、労災認定される労働者がその後も増加傾向にあり、メンタルヘルス不調を未然に防止することがますます重要な課題となってきました。このような背景を踏まえ、労働者の仕事によるストレスの程度を把握し、その結果を基に労働者自身にストレスへの気付きを促し、職場改善を務めることで労働者がメンタルヘルス不調になることを未然に防止すること、いわゆる一次予防を目的として「ストレスチェック」及びその結果に基づく面接指導の実施等を内容とする制度が創設されこととなりました。これが昨年12月に実施が義務付けられた「ストレスチェック制度」です。
 
 しかし、メンタルヘルス不調の一次予防として最も大切なことは、私たち一人ひとりがそれぞれ、心の健康づくりのために何か良いことを日々、続けることであると思います。その一つは、仕事以外に何か趣味を持ち、オフをエンジョイすることであります。心身の健康のためには、できればスポーツが良いと思います。また二次予防で大切なことは、メンタルヘルスに何か不調を来した時には、早く誰かに相談することです。家族、友人、同僚、上司に話を聞いていただくのがベストですが、できにくい場合は、当センターの臨床心理士に面接してもらいましょう。
どうしても困ったら、私でよければいつでもウエルカムですので、遠慮なく相談におい出てください。もちろん、守秘義務は厳守いたします。
 
 

2015年12月のひとりごと

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全国赤十字病(産)院スポーツ大会
10月31日と11月1日の2日間,岐阜市にて第15回全国赤十字病(産)院スポーツ大会が開催されました。
 
日本赤十字社病院長連盟の主催で,全国7つのブロックで持ち回り開催されるスポーツ大会であり,今年は伊勢赤十字病院が担当されました。
競技種目は軟式野球,バレーボール,硬式テニス,卓球,フットサル,駅伝,女子ソフトボール,ソフトテニス,バスケットボールの9つです。
各ブロックでの大会(中・四国ブロックでは四国地区赤十字病院スポーツ大会で,今年は11月21日に香川県で開催)の成績を参考に病院長会議で代表が決まります。私が参加する硬式テニスは第9回福岡大会から今年で6回出場し,準優勝が2回,3位が2回という成績でした。
 
来年の長崎大会では優勝を是非とも狙いたいと思います。毎回,当施設からも軟式野球,バレーボール,硬式テニスなどに徳島赤十字病院のチームの一員として参加しております。

私は「趣味は何か」と問われると「硬式テニス」とも答えることにしています。私が硬式テニスと出会ったのは昭和60年に徳島赤十字病院に赴任した35歳の時です。大学病院から外に出たのでゴルフでもしようかなと考えていたのですが,日赤院友会に硬式テニス部があるということで誘っていただきました。毎週月曜日の夜は,赤石にある小松島市立体育館で,土曜日の午後は,病院のクレーコート(旧赤十字病院の看護学校前),現在は菖蒲田池テニスコート(私の家の前)で練習(ほとんどは試合)しました。勉強よりもスポーツの方が何倍も好きでしたので,テニスの魅力にすっかりとりつかれ,気がつくと30年が経過していました。
 
テニスの良いところは,学生時代サークル活動としてやっていたバレーボールや準硬式野球と比べて,相手が一人いれば何時間でも楽しめるところだと思います。あまり費用もかからないし,どんなに暑くても,寒くても,風が吹いても,小雨であっても1年中できるスポーツです。多少足腰が痛くても歩くことが出来れば,何歳になっても十分できるスポーツです。
 
 私がテニスを始めた頃,テニス人口は多かったのですが,その後は徐々に少なくなってきました。最近,錦織圭の大活躍で,再び硬式テニスが注目されだしたことを大変うれしく思っています。皆さんも心身の健康のためにテニスを始めることをお勧めします。また,以前にやっていた方は,是非とも再開して下さい。
 
 

2015年11月のひとりごと

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男女共同参画
 今年の夏、7月25日に徳島県にて第11回日本医師会男女共同参画フォーラムが開催され、以下の男女共同参画フォーラム宣言が承認されました。「医師」のところを「医療・福祉従事者」に置き換えて、私ども総合療育センターおよび支援施設の職員も受け止めたいと思います。
 

 
第11回男女共同参画フォーラム宣言
 
 今日、医療の高度化、ニーズの多様化、超高齢社会など医療環境は大きく変化してきており、医師の負担は増している。これに対してすべての医師がその使命を最大限に果たせるように、勤務環境整備や男女共同参画への様々な支援や意識改革の提言がなされてきた。
 今後重要なことは、男女を問わず、すべての医師がお互いの特性や能力を尊重しつつ、その多様性を生かしたワークシェアリングを実践することによって、協働性を持って支えながら働いていくことである。それは安全で安心な医療の提供につながる。真の男女共同参画を推進していくために、以下の宣言をする。
 
  一、自らキャリア形成を図りながら医師としての役割をはたしていく意思を持つ。
  一、個人の特性を活かすことのできる勤務環境の整備と意識改革を推進する。
  一、共同から共働へ働き方の変革を促進することにより、次世代のすべての人達が日本のみならず
    世界的視点に立って社会に貢献できる土壌づくりを行う。
 
    平成27年7月25日                         日本医師会   
第11回男女共同参画フォーラム
 

 大変プライベートなことで誠に恐縮ですが、私自身の男女共同参画の始まりは昭和51年の結婚した頃であり、今も進行中のテーマであります。当時は大学の在り方をはじめ、社会体制や家族の在り方、男女の在り方など既成の概念や体制に対して疑問を投げかけられ、いろいろな活動が盛んに行われていました。 
 このような社会状況の中で妻と出会いましたので、私たちの結婚生活は既成の夫婦の在り方にとらわれずに始めることにしました。具体的にその頃、よく話し合ったのは主に3つのことでした。
 一つ目は「相手の性を最大限に尊重すること」
 二つ目は「男女の役割を固定的にとらえず、自由にとらえること」
 三つ目は「女も男も自立すること」でした。
  しかし、昭和51年頃の世間は、特に私たちの周囲は、「男性は仕事、女性は家事・育児」という性別役割分担が、がっちりと存在していましたので、現実の結婚生活はこれとの戦いの連続であったように思います。また何よりも、私自身は意識としては出来てたつもりですが、実践となると全く駄目で、本当に一歩ずつ進めるという状態でした。それでも炊事・洗濯・清掃などの家事や子どもの送迎・弁当づくりなどの育児も多少なりとも出来るようになりました。それに比例して妻への非難があったようで、妻がよく言ってたのは「夫が普通にすればするほど私が悪く見られるんよ」ということでした。
 私の意識としてもわずかに残っていました、「家事・育児をさせられている。してやっている。」という部分が、10年、20年経つと、いつの間にか全くなくなっていました。つまりそうするのが普通である、自然であるという状態になり、家事・育児を大変、楽に行えるようになったと思います。しかし、両親の介護という大きな問題もあり、私の男女共同参画については現在も進行中であります。
 
 

2015年10月のひとりごと

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何故、札所参りをするのか
第88番札所大窪寺の大イチョウ前で
 先月、9月18日に当センターを日本赤十字社常任理事会の皆様ならびに本社職員の皆様がご視察されました。3病棟、2病棟、1病棟の6床重症病室、外来待合ホール、リハビリテーション室、支援施設および児童発達支援センターの順に見学していただきました。前日には夕食会があり、経済界の重鎮であられます常任理事や監事の皆様の貴重なお話を伺うことができました。私どもからのお話では四国88か所札所参りについて大変興味を示していただきました。幸い私の趣味が歩き遍路であったので、しっかりとご説明させて頂きました。そこで今回の園長ブログでは、四国88か所札所参りについて述べさせていただきます。
 

 
 私は「趣味は何か」と問われると、「四国88ヵ所歩き遍路」と答えることにしています。札所参りを始めたのは高知赤十字病院に勤務していた昭和55年1月からで、最初は子どもが小さかったので親子4人で車遍路をしました。そして徳島大学病院に帰っていた昭和58年8月に結願しました。歩き遍路を始めたのが平成11年4月からで、夫婦で休みが取れた時に「区切り打ち」を続け、平成19年11月に8年7か月をかけ結願しました。第88番札所大窪寺の黄色に色づいた大イチョウを見て感激し、すぐに2巡目の歩き遍路を発心しました。平成20年9月にスタートし、今度は鉄道、バスなどの交通機関を一切使わずに巡ることにしました。なかなか夫婦で休みが合わず、区切り打ちで22日間歩いて、やっと今年の5月の連休に第36番札所青龍寺まで済ませました。
 「何故、札所参りをするのか」とよく聞かれますが、さしたる理由もないので何時も返答に困ります。民宿室戸に泊まった時の女将さんいわく、歩き遍路には「三つのこう」があるということでした。一つは「健康」、二つ目は「信仰」、そして三つ目は「観光」だそうです。私たちは、これにプラス「嗜好」かもしれないと思います。「何かを願うために遍路に向かう」というよりも、「遍路に向かうのが好きだから、向かえる自分に感謝したいから」といった感じに近い気がしています。いくら好きでも、「しんどいこと、辛いこと、苦しいこと」は多々ありますが、「これも修行やな」を合言葉にやり過ごしております。徳島赤十字ひのみね総合療育センター在職中に2巡目が結願すれば有難いかなと思っております。
<<徳島赤十字ひのみね総合療育センター>> 〒773-0015 徳島県小松島市中田町新開4の1 TEL:0885-32-0903 FAX:0885-33-3037